「師走」に惑わされるな

人間とは時に愚かな生き物である。

私は今朝その最たる例を見た。


私は毎朝シャワーを浴びてから学校へ向かう。たとえ冬であってもだ。

主な理由はもちろんスッキリしたいからではあるが、そこには副産物とも言える利益がある。

私は今朝シャワーを浴びようと全裸で浴室に入った時、「意外と寒くないな」と感じた。

そう。今朝は12月、師走としては大した冷え込みではなかった。

実際のところ今日(12月4日)の渋谷区の最低気温は9.4℃であった。

去年の同じ日の最低気温が4.6℃であることを踏まえれば確かに今朝は寒くなかったと言える。


自らの身をもって今朝は大して寒くないことを確認した私は秋物のコートを羽織り、大学へ向かった。


しかし。


電車に乗るとどうだろう。

周りの人々は冬物のコートにマフラーを合わせているではないか。

JKはいつでも暖かめの服装を選びたがるものだから百歩譲って許すとして、おっさん。お前らだ。



汗ばんでるんじゃねえよ



きっとこのおっさん等は「あぁ、寒ぅい❤」などと言い布団から出ようとせず、今朝の気温を十分に把握しないまま「師走だから寒いだろう😎」という浅はかな考えの元、冬向けの出勤の支度をし、更にはいつもの電車に間に合わせるために駅までダッシュしたのだろう。


私が隣のおっさんの異変を察知した時、全ては手遅れになっていた。

おっさんは頭皮及び顔面から汗を噴出させ、零れ落ちる汗は首元のマフラーに吸収されて行った。


「・・・えせ。」


私の口は勝手に動き始めていた。


オッサンがこちらを訝しげに向く。


「返せ・・・。」


「どうした?」

おっさんは汗を振りまきながら尋ねた。


「俺の穏やかな朝を返せ!!」


私はおっさんの左頬にフックを食らわしてやった。

おっさんの汗が飛び散る


「やったなこの野郎!」

おっさんは俺の腕を掴もうとするがあまりもの手汗で滑って掴めない。


そのスキをついて今度はボディに一発見舞った。


「そんなに汗をかいてるから臭えんだよ!暑苦しくって反吐が出るわ!」


おっさんは車内にうずくまった。


周りがざわめく。


そんなことも他所にして、俺は話を続けた。

「師走だから厚着をすればいいと思ったのか??だとしたらお前は現代社会のパブロフの犬だ。」


おっさんは何かに気づいた。先程まで失っていた瞳の輝きを取り戻したようにも見えた。

「俺・・・、大切なことを見落としていたよ・・・。」

おっさんはうずくまったまま話し始めた。

「若い頃は気温に合わせて服を選んでいたよ・・・。いつからこうなっちまったんだ・・・!」


電車は次の駅に到着しようとしていた。


私は強ばった顔を優しくしてこう言った。

「なぁに、まだ間に合うさ。人生を変えるのに遅すぎることなんてない。それよりも、過去の過ちに気づけたことを喜ぼうぜ?」


おっさんは今度は決意した表情になった。

「おれ、今日会社を辞める!昔の夢だった起業をしてやる!!」


電車は完全に止まり、ドアが開く、外から3名ほどの警官が乗り込んできた。


俺は状況を察しておっさんに言葉を伝えた。

「そうか・・・、応援してるぜ。」


警官が俺の腕を掴む。

俺は無抵抗だ。だって人を殴ったのだから。

俺は3人の警官に囲まれて電車を降りようとした。


後ろからおっさんの声が聞こえた。

「あのっ、お名前は・・・!?」


俺は深呼吸をして、こう答えた。

「飲みたい。牛乳飲みたいだ。」


「牛乳・・・飲みたいさん・・・。また会えるといいですね!」


「あぁ、そうだな・・・。」


俺が電車から引きずり降ろされると同時にドアは閉まり、電車は次の行き先を求めて旅立った。


警官に囲まれながら、走り去る電車と鮮やかな青空を見て俺はこう思った。



「今日も素敵な朝だ。。。」


ことりが二匹、空の向こうへ飛んで行った。