おっさん爆誕
ある朝、「会社に行くだけなら寝癖くらい直さなくてもいいか」と思った。
おっさんの誕生である。
何なら髭も昨日剃ったから今日は大丈夫。昨晩少し寝汗をかいたけど大丈夫。
無精髭・悪臭おじさんの誕生である。
いったい何が大丈夫なのか。いま文字に起こすと見当もつかないが、その日の朝はそう思った。大学生の頃「俺はこうならないぞ」と反面教師にしていたおっさん達は、紛れもなく未来の自分の姿だったのだ。
ふと思えば25歳を過ぎ、いわゆる「アラサー」に足を踏み入れたあたりから急激におっさん化が始まったように感じる。
独り言が増えた気がするし、お店で分からないことがあったらとりあえず店員さんに質問するようになってきた。きっとそのうち独り言に留まらずガキに話しかけ始め、気に入らないことがあったら店員さんに文句を言うようになるだろう。
クレーマー・不審おじさんの誕生である。
LINEの会話でも顔文字や絵文字を使いたい。
Yahoo!ニュースのコメント欄で持論を展開し、数多くの「いいね!」を獲得したい。
SNS上で本名のアカウントを作成し、ひたすら自撮りをUPし続けたい。。。
もう既に承認欲求モンスターおじさんは足音を立てて背後から忍び寄っている
ところで皆さんが思う「おっさん」像はどのようなものだろうか。
個性豊かなおっさん共を一括りにするのは簡単ではないし失礼かもしれない。しかし、いくつかの共通する特徴を持つことは否定できないだろう。
- 顔文字や絵文字を多用する
- 喫煙や飲酒を好む
近頃のおっさんは上記の性質を一般に有しており、対して近頃の青年たちはこれらとは逆の性質を持ちがちな印象を受ける
- LINEのメッセージは最低限で淡白
- 喫煙や飲酒はあまり好まない(代わりにエナジードリンクをよく飲む)
エナドリが健康に与える悪影響は不明ですが、その凶暴さはタバコ・アルコールに匹敵するといわれても不思議ではないでしょう。「砂糖 x カフェイン」の暴力性や計り知れない。
今の若者たちが30年後、エナドリ中毒となった状態でおっさんとなるのです。
病院に行くと問診票にて喫煙・飲酒だけでなくエナドリをキメる頻度も問われます。
お医者さんから「エナドリはどのくらいの頻度で飲んでいますか?」と聞かれます。
毎日欠かさずモンスターをキメるおっさんへと成長したあなたは、こう答えるでしょう。
「まあ、嗜む程度に」
2050年には国民の5人に1人がエナドリ中毒となり、エナドリ依存による生活習慣病が深刻な社会問題になるといわれています(出典ナシ)。レッドブル社は対策としてノンカフェインのエナドリを発売しますが、エナドリ中毒者からは「こんなんじゃ翼は生えない」と一蹴されます。
会社の飲み会ではZ世代の中年たちが若者にエナドリを強要する「カフェインハラスメント(カフェハラ)」が横行します。私Gynyu-Nomitaiはカフェハラが原因で左遷されたおっさん(52)に独占インタビューを実施しました。
牛「左遷が言い渡されたとき、どのような気持ちでしたか?」
お「まさか自分が、という感じでした。確かに後輩にレッドブルを飲ませましたが、シュガーレスだし問題ないかな、と。」
牛「かわいそうに、、カフェインで脳みそまでやられてしまったんですね、、、これからどうするんですか?」
お「そうですね。異動先のオフィスの自販機ではモンスターが安いみたいなのでレッドブルから乗り換えてみようかなー、って思ってます。」
牛「インタビューありがとうございました。」
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話を戻すと、今世間が持つおっさんのイメージはおっさんの特徴ではなく「今おっさんである世代」の特徴なのかもない。
とすれば30年後のおっさんのイメージは「今の若者世代」の特徴になる。
今の若者が30年間拗らせるとどうなるか。上の一例からも分かるだろう。
大切なのは自分がおっさん化しつつあることを受け入れつつ、「良きおっさん」であろうとすることかもしれない。
ところで先日、Twitter (旧X)で次のような言説を見かけた。
「おっさん」の「お」と「さん」は丁寧語だから、おっさんは敬称略すると「っ」である。
---そのへんのギャル---
一理ある。いま画面の向こうにいる「っ」の皆さんも納得されていることだろう。
世間から忌み嫌われることもある「っ」はこのようにネタとされるだけでも感謝すべき立場なのかもしれない。
今朝はこんなことを考えながら支度を済ませた。
これから家を出て通勤電車に乗り込む。
車内には「っ」が壁を成すかのようにすし詰めにされている。
「っ」の体臭・加齢臭・たばこ臭には毎朝うんざりさせられる。なぜ彼らは朝シャンを済ませてこないのか。
そして小太りの「っ」。貴様らの体積は細身の女性と比べて2~3倍ある。運賃もそれ相応でなきゃおかしいだろ。
背の高い「っ」は文字通り頭一つ抜けているため、満員電車では新鮮な空気を吸うことが出来る。運賃もそれ相応でなきゃおかしいだろ。
電車を降りる。電車の中は最も「っ」へのヘイトをためる場所であることに違いない。
会社に着くと隣の席には声のでかい「っ」が鎮座していた。その手元には数多くの紙資料が散らばっており、私の席の領域にも侵入している。
いつだって「っ」が人に迷惑をかけているんだ。「っ」なんていなくなってしまえばいいのに…!!
次の瞬間、世界と私を隔てるガラスのようなものが、パリンと音を立てて割れた。
そして、割れたガラスの向こうの世界に、隣の席の「っ」はいなかった。
牛「あれ…隣の席の『っ』がいない。その隣の『っ』も…!でもその隣の青年はいる。ま、まさか…!?」
??「そう、そのまさかよ。」
オフィスの天井を透過しながら金髪の女性が降臨する。アニメや漫画で見かける「天使」の風貌そのものだ。
牛「あ、あなたは…!?」
??「私は天使。人々の強い念を感じ取ると下界に現れるわ。」
そう。私の「っ」に対する強い怨念を感じ取り、天使がこのオフィスに降り立ったというのだ。
牛「ということは今この状況を作り出したのも…」
天使「そう、私よ。厳密にいうと、今この世界はおっさんを知覚することができない。おっさんは今もそこにいるけど、だれにも見えないし声も聞こえない。おっさんが物や私たちに触れようとしても透過するの。」
牛「そりゃいい!!これが待ち望んでいた『っ』のいない世界だ!!フハハハ…!!」
その瞬間、オフィスの外から女性の叫び声が聞こえた。
「ひったくり!!誰かあいつを追いかけて!!」
私は窓越しにオフィスの下の道路をのぞき込む。真下には被害に遭った女性が座り込んでおり、若い男性が女性ものの高級カバンをもって逃走している。
牛「大変だ、、だれか追いかけなきゃ!!」
しかし、下を見下ろすと誰もひったくり犯を追っていない。周囲には女性と子供、そして老人しかいないからだ。
ひったくり犯は200mほど逃げてしまった。逃げた先には確か交番があったはずだが、おまわりさんは当然みんなおっさんだ。ひったくり犯を捕まえる正義の警官はそこにはおらず、私たちはひったくり犯を見失ってしまった。
牛「見失ってしまったか…だれか追いかけられる人がいれば…!」
牛「仕方ない、仕事に戻るか…」
仕事に必要な資料を印刷しようとプリンターの前に行くと、プリンターがエラーを吐いていた。こんな時はプリンターの担当者があのあたりに…
牛「いない…そうか、担当のおっさんも消えちゃったのか」
仕方ない、自分で修理するか。プリンターのふたを開けようとした瞬間、私は衝撃を受けた。
牛「プリンターに、触れられないだと…!?」
まさか、そんなことは…。近くにいる女性に話しかける。
牛「あのー、プリンターの直し方わかりますか…?」
女性はピクリともしない。そう、まるで私の存在に気づいていないかのように。
天使「ようやく気づいたかしら。」
背後で黙っていた天使が久しぶりに話しかけてきた。
牛「ああ。気づいたよ。世界中のおっさんが消えた、あのタイミングで…」
牛「俺も消えた。」
そう。私自身が紛れもないおっさんだったのだ。そして私自身の願いによって、私は世界から排除された。
天使「世界からだれかを排除したがる人は、得てして自分が『排除される側』になり得ることに気づいていない。さっきまでのあなたのようにね。」
牛「ああ、言い返す言葉もないよ。」
天使「そして排除された人が社会に必要だったことに気づくのは、その人たちがいなくなった後。」
牛「その通りだよ。」
天使「さて、今のあなたに残された選択肢は二つ。このまま透明人間として生きていくか。それとも先ほどの『願い』を撤回するか」
牛「撤回するよ。俺がすべて間違っていた。全おっさんを呼び戻してくれ。」
天使「了解したわ。」
天使は宙へ浮かび上がる。
牛「あなたはこの後どうなるんですか…?」
天使「私は行く。次の人の道を正すために。」
天使は天井を貫通し、その姿を消していった。次の瞬間、一度割れた目の前のガラスが逆再生のように再び壁を成した。
牛「も、戻った…!」
全てが戻った。おっさんも、私自身も。
オフィスの外から怒号が聞こえる。下を見下ろすとひったくり犯が警官に取り押さえられている。オフィスの中ではエラーになったプリンターをおっさんが修理している。
隣の席のおっさんに目をやる。このおっさんも何かの形で社会を支えている。そして社会に支えられている。もちろん、私も―――。
すまなかった。隣のおっさん。
心の中で謝罪すると、おっさんがふとこちらを向いた。おっさんは優しく微笑む。気にすることはない、と説くように。
おっさんと私は固い絆で結ばれた。もはや分かり合うための言葉は必要ない。
私はオフィスの窓から空を見上げる。
秋晴れの青空は今朝見た時より鮮やかに見えた。
私たちと世界の間にはいつもガラスが張り巡らされている。そのガラスが色眼鏡となると偏見や差別が生まれてしまう。
でも大丈夫。
今朝割れたガラスと違って先ほど修復されたガラスは無色透明そのものだ。
いや、まだこのガラスには偏見が含まれているかもしれない。そうやって自省して、もっと透明なガラスにアップデートする。その繰り返しが少しずつ世界を良い方向へ導くのだ。
小鳥が空へ羽ばたく。澄んだ青空が小鳥の巣立ちを、そして私を祝福していた。
自転車旅行記 -軽井沢~渋川-
どうも、Gyunyu-Nomitaiです。
先日初めてロードバイクで遠方をサイクリングしてきたので記録します。
今回は軽井沢発~長野原経由~渋川着のルートを走行しました。
走行距離は約90km, 850mUP, 1600mDOWNになります。
スタート地点の軽井沢の標高が900m,ゴール地点の渋川の標高が約150mなので下り基調のルートです。とはいえロードバイク初心者の自分にとっては初めての峠越えだったので危機感を持って臨みました。

なお、今回は自宅→軽井沢、渋川→自宅の移動を電車で行ないました。
ロードバイクを公共交通機関に載せて運ぶことを「輪行」と言います。結構面倒で今まで避けていたのですが、自宅付近ばかり走るのに飽きてきたこと、また避暑地を走りたいということから遂に輪行に挑戦しました。
朝~出発
当日の朝は6:50分頃に起床。
輪行や持ち物の準備を前夜に終えていたのですぐに出発。7:49大宮発の北陸新幹線「あさま」に乗車します。
大宮駅ホームでサイクリストの格好をしたおじさんを見かけました。
皆さんは新幹線のホームで輪行バッグを引っ提げたおっさんを見かけたことはありますか?多分みんな見たことはあるけど、皆覚えていないと思います。私も初めて見かけた気がしますが、絶対初めてじゃないはずなんですよね。見かけても気にしていない・覚えていないんです。そう思うことで「自分も注目されていない」と信じ込むことにしました。ちょっと輪行って目立つんじゃないかと緊張しますからね。
新幹線の車両最後尾を確保し、その後ろのスペースに自転車を置きます。輪行バッグは二席分の横幅なので、隣の席にサイクリストが来たらジ・エンド。今回は幸いにも一般人のおっさんが来ました。一般人のおっさんありがとう。
駅のホームで買ったマッチを飲みながら北上します。進むにつれて天候が怪しくなります。高崎を過ぎたあたりから車窓に水滴が。。。スマホの雨雲レーダーアプリと睨めっこしますがまあ無意味なので寝ることにしました。
8:43軽井沢着。朝の軽井沢の気温は19℃。めっちゃ涼しい。車両を降りると隣の車両から大宮にもいたサイクリストのおじさんが降りてきました。お、お前もか。
軽井沢駅の北口に出ます。ショッピングモールなどがあるのは南口なので、北口は割と閑散としておりました。その中でもさらに人の少なそうなスペースを見つけて輪行解除(=自転車を組み立て直す)を行ないます。すると、例のサイクリストのおじさんも隣で輪行解除を始めます。来たかおじさん、どっちが速く出発できるか勝負だ。
そう思っているうちに隣からサイコンの起動音が。おじさんの大勝利でした。
颯爽と横を駆け抜けていくおじさん。私は慣れない輪行解除に苦しむこと数分、ようやくスタートの準備が整いました。

軽井沢~峰の小屋

せっかく軽井沢に来たので、まずはおしゃれなカフェに行くことに。
01Bakeryというお店が駅から遠く、混んでいなさそうなので訪ねてみました。


お店はお若い夫婦が切り盛りしているようです。レジ打ちとドリンク用意を担当する奥さんとパン焼きを担当する旦那さん、というように役割が分担されておりました。(違ったらすみません)
店内に席はなく、バルコニーのような場所に12席ほどありました。
客はマダム三人組・読書をする女性・家族連れ・全身スパッツのおっさん(私)の4組でした。
私はホットコーヒーと、紅茶と柑橘のスコーンを頂きました。スコーンの中には茶葉とオレンジピール?が入っていたのでサイズ以上の食べ応えでした。
完食後、トレイを返却しようとしたら、店主夫婦の息子と思わしき少年がトレイを回収してくれました。かわいかった。。。
ここで、この後の道中でエネルギー切れしたら最悪だな、と思い、あんパンを追加で購入しました。

腹ごしらえもしたところで、本日最大の山場、国道146号線の登り区間に突入します。
サイクリストの中でもクライマーと呼ばれる人たちはこのような登り坂を好んで走るわけですが、この登りはクライマーからすると「ちょっとだけキツイ」って感じの難易度です(★★☆☆☆)。

まあ余裕なんじゃないかなー、と思って登り始めると1キロ進んだあたりで限界が。。。
(あ、全然むりじゃん)
さっきまで肌寒いくらいだったのに気が付いたら汗が滲み出てきています。
2キロ進んだあたりで一度目の休憩。もう汗が止まりません。あと少し休憩が遅かったら熱中症になっていたかも。気の抜けたマッチを飲み干し、登りを再開します。
後半に入るにつれて、自分に合った登りの走り方がわかってきました。自分はダンシング(立ちこぎ)をするよりも低いギアで回す方が向いているみたいです。この走り方だと、「少しキツイ」の感覚で走り続けられるんです。
(イメージとしてはパスタをゆでるときにお湯が沸いてボコボコしているけど吹きこぼれない、って感じです。伝わらないですよね、、、)
5キロ進んだあたりで小休止を挟みましたが、後半はかなり安定して進みました。
そして登り開始から約55分後に登りが終了します。
あの、登りの終わりが見えた瞬間の希望はとんでもないです。直前まで棒のようになっていた脚が途端に軽くなります。
そして、ついに「峰の小屋」に到着。
横にあった自販機でアクエリを買い祝杯を挙げます。

峰の小屋~湖の駅

峰の小屋を過ぎるとダウンヒルが始まります。
雪の降る地方では路面の凹凸が激しいことがあるので、路面状態を見極めながら慎重に下ります。とはいっても安全そうなところではノーブレーキでどんどん下る!
峠を越えてから10kmくらいは平均勾配が-4%。しかも直線基調ということもあって常に時速40キロで走ります。(この区間での最速は55キロくらいだった記憶)
最初の5kmくらいは森の中を駆け抜ける、ザ・山といったコースで、後半はの5kmは牧場や草原を横目に駆け下ります。
ペダルを漕がずとも40キロで駆け下りられる喜び。風を切って走り抜ける感覚。歩行者・自転車全くおらず、自動車に追い抜かれることもほとんどありません。
Fooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
奇声を上げても誰にも迷惑は掛かりません。
何なら自転車のホイールのラチェット音の方がデカいまである。
嗚呼、さっきまでの苦しい登りは、今このためにやっていたんだ。いや、それどころかこの人生は今このためにあるのかもしれない。
坂を下りながら奇声を上げるために26年間生きてきたんだ。
そんな事を考えていると北軽井沢エリアに到着します。
このエリアにはいくつかの観光スポットがあります。浅間牧場の麓の茶屋ではソフトクリームなどの販売があり、また動物と触れ合うこともできます。(あまり時間がなかったので遠目に眺めてきました)おしゃれなカフェ・パン屋さんも数多く点在します。そのあたりはスルーして、今回は北軽井沢駅跡に立ち寄りました。
北軽沢駅は「草軽電鉄」という鉄道路線の駅になります。
草軽電鉄は文字通り草津と軽井沢を結ぶ鉄道で、大正~昭和中期まで運航しておりました。観光客に加えて、鉱山で採掘された硫黄資源の運搬にも用いられたそうです。
1960年代にモビライゼーションの発展と自然災害の影響を受けて廃線となりますが、この北軽井沢駅だけはその駅舎が現存しています。
都心から草津温泉までのアクセスってほんとによくないので復活してほしいですね、草軽線。

寄り道のために少し道を外れましたが、再び国道146号線に戻ります。
ちなみにこの国道146号は草津の麓(長野原)と軽井沢を結ぶ道ですが、この全区間が「日本ロマンチック街道」に指定されています。
日本ロマンチック街道は長野県上田市から軽井沢・草津・沼田を経由して日光まで結ぶ国道の総称です。
今回のルートはその2/3以上がこの日本ロマンチック街道に含まれているんです。
もっと脚力を鍛えたらいつか、一泊二日・日本ロマンチック街道縦断の旅なんてしてみたいですね。
その国道146号線の北軽井沢~終点まではずっと下り坂。気持ちよく下り続けると、ついに市街地が見えてきます。
国道406号線を経由して国道145号線に合流し、緩やかな下りを進みます。
ここまで三種類の国道を走ってきましたが、実は内心ビビってました。というのも、都心の国道は自転車道がある一部を除いてとても自転車が走れる交通量ではないからです。17号や環七・環八の車道を自転車で走ろうものなら大型トラックに吹き飛ばされます。
しかし山道の国道は自動車の交通量も多くなく、またアップダウンの多い峠道だと自動車のスピードも控えめなので恐怖はありませんでした。
国道145号を東に下り、5kmほど進むと「湖の駅」に到着します。
ここは八ッ場あがつま湖のほとりにある道の駅です。時間は12時ちょうど。ここでお昼ご飯にします。


ここに限らず、吾妻川は水が青いという印象でした。気になって調べたところ、「四万ブルー」と呼ばれるそうで山の雪解け水が流入する、不純物の少ない川で見られるそうです。
腹も満たし、時間は12時半。渋川駅16:26発の電車に乗らなきゃでその前に日帰り温泉にも寄りたいので、あと2時間で渋川市街地に到着しなければならない。距離は残り40km。
下りメインとはいえ、あまりのんびりしていられないので出発しましょう。
湖の駅~渋川

後半区間は若干の下りですが、平坦基調の道になります。
そしてこれまでと違って標高が低い(軽井沢駅は1,000m,北軽井沢も900m,湖の駅は600mで渋川は200m)ので、暑いです。30℃超の川沿いを進みます。
八ッ場ダムの近くの川原湯温泉エリアを通り過ぎ、吾妻峡トンネルを通過します。この全長1770mのトンネルを抜け、中之条町まで来ました。


北上する日本ロマンチック街道とはここでお別れ。東に進む国道145号をなぞります。
少し交通量が増えてきましたが、道幅が広いので安心して進みます。

そしてあっという間に渋川市街地に突入します。
市街地北部の利根川沿いにある「ユートピア赤城」を目指します。温泉の「湯」とutopia(桃源郷)をかけているんですね。ウマァイ!
目的地を目前としたところに一か所キツイ上り坂がありました。すでに疲労困憊な私を横目に、ママチャリに乗った高校生が駆け抜けていきました。
ママチャリに負けた。。。
ハァ…ハァ…敗北者?
(もう自転車に)乗るな!Gyunyu-Nomitai!
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15時頃にユートピア赤城に到着。汗を流しました。
露天風呂での外気浴では思わず寝てしまいそうになりました。
ライド終わりの温泉ほどいいものはないですね。いつか自転車で温泉地に行き、そのまま宿泊したいですね。きっと信じられないくらい気持ちよく寝られるでしょう。
もっとゆったりしていたかったのですが、帰りの電車もあるので30分ほどで出発。ここからは汗をかきたくないのでゆっくりと進みます。

渋川~帰り
16時ちょうどに渋川駅に到着しました。
再び自転車を分解して輪行袋にぶち込みます。まだ慣れていないこともあり、輪行準備には15分ほどかかりました。電車の時間まであと10分。本当はお土産屋さんを少し覗くつもりでしたが時間がなく断念。まあ渋川ならまたいつか来るでしょう。
改札を通り抜け、ホームに上がってから2,3分で電車が来ました。特急「草津・四万」に乗ります。この特急は渋川から新前橋・高崎・熊谷を経て1時間強で大宮駅に到着します。指定席券のみネットで購入し、通常の交通系ICで入場するスタイルです。
輪行袋を座席後方に置き、席につきます。朝、軽井沢のパン屋さんでお守り代わりに買ったあんパンをまだ食べていませんでした。さっき買ったお茶に合わせて電車の中で頂きました。
完食後、少しウトウトしていたらあっという間に大宮駅についてしまいました。10時間前にここを出発してから色々あったなあ・・・。
都心に向けて出発する電車を眺めつつ、ちょっとだけ感慨に耽っていました。

まとめ
さて、今回は初めての輪行、そして遠方でのサイクリングでした。
やっぱり普段の近所を走るサイクリングとは全く異なる新鮮な経験ができたと思います。こんな感じの遠方を旅行するようなサイクリングに加えて、ライドイベントやヒルクライム大会にも出てみたいです。
また行ってきたらブログに書きます~~
少年の日の思い出①
どうも、Gyunyu-Nomitaiです。
突然ですが、趣味で最近よくサイクリングをしております。
川沿いのサイクリングロードや山道など、自然にあふれた道を走りながら色んなことを考えたり考えなかったりしているのですが、自然の中にいると不思議と昔のことをよく思い出します。
本当にしょーもないことばかりなのですが明日になれば忘れてしまうので、記録に残してしまおうと思います。
ゆで卵と熊岡君
小学校入学当初、私は孤立していた。
幼稚園の時は仲の良い友人が数名いたが、学区の都合で私だけ別の小学校へ進学することとなった。
高校や大学と同じように、小学校でもその前の出身校(幼稚園)ごとにグループができることを読者の皆さんはよくご存じだろう。コネもなく小学校へ入学してしまった私は、クラス内に友人が一人もいない状態で2~3週間を過ごしていた。
しかし私は問題解決に前向きで、しかも非常に面白い。そこでその笑いのセンスを活かして一気に人気者になろうと画策した。
それはゴールデンウイーク明けの給食の時間だった。
その日の献立にはゆで卵があった。それを見た瞬間、勝利への方程式が浮かび上がった。
担任の先生が「いただきます」と声をかけ、児童たちもそれに続く。
私は挨拶もそこそこにゆで卵を手に取った。笑いは鮮度が命。誰かに先を越されるわけにはいかない。私がいただくのは、クラスメイト達の「爆笑」だ。
卵の殻を剥く。小学一年生のガキにできる最速の手際であった。
白身を真っ二つに割り、中の黄身を押し出すようにして口へ放り込む。すると、黄身が抜けて空洞となった白身が残る。完成だ。
「見てみて!!」私は近くにいたクラスメイト数名に話しかける。「黄身だけ食べちゃった!」
周りがどっと笑う・・・はずだった。
「Gyumyu-Nomitai君、何やってるの?下品だよ。」真面目そうな女子が、ピクリともせず言い放った。
何故だ、、なぜウケなかった、、、!?私は小学一年生のわずかな脳細胞で必死に考え始めた。
その時だった。クラスの人気者、熊岡君が立ち上がって教室中の注目を集めた。
「見て!黄身だけ取り出した!」
彼の手のひらには、まん丸の黄身が乗っていた。小さくも完全無欠なその球体にクラス中の視線が集まる。
「うわぁ~熊岡スゲー!!」男子が大声をあげる。
「熊岡君何やってるのーー!!」女子が軽く咎める。しかしその声色には否定の意志など全く含まれていない。
盛り上がる教室の隅で頭を抱える男が一人いた。私だ。
(何故だ・・・なぜあいつだけウケたんだ・・!!私もあいつもやっていることは同じだろう・・!?)
数秒の思考の末、「白身の空洞よりも黄身の方が見た目のインパクトが強い」という結論に至った。もちろん小学一年生なので高度な思考はできなかったが、このような結論に至った記憶がうっすらと残っている。
今思えば当然ながら人望の差が歴然だったわけだが、小学校の道徳の授業を受ける前の私に「人望」という概念は導入されていなかった。
(くそ、次こそは黄身だけ取り出してやる・・・!!)
見当違いな思考を巡らせつつ熊岡君の方へ再び目を向けた瞬間、私は驚いた。
彼はこっちを見ていたのだ。
そして私と目が合った瞬間、ニヤリと笑った。
その後、何事もなかったかのように談笑を再開する彼の背中を、私はしばらくじっと見つめていた。
おもむろに口へ放り込んだ白身が妙に味気なかったことを、今でも覚えている。
数か月後、熊岡君とは仲良くなったわけだが、それはまた別の話である。
「ねりけし」と小宮君
小学二年生の時、男子小学生たちは「ねりけし」に魅了されていた。
皆さんは「ねりけし」をご存じだろうか?
ねりけしとは「練り消しゴム」のことであり、消しゴムの一種である。
画材屋では「練りゴム」とも呼ばれて販売されている。消しゴムとしては粘土のように柔らかく、力を加えることで形状を容易に変えられる特徴がある。また、粘性が強く、のりなどにつけ、引っ張るとよく伸びる。(wikipediaより抜粋)
画材屋で販売されていることからも推察できる通り、本来はデッサンなどの筆圧の弱い鉛筆跡に対して用いられる消しゴムである。
多くの消しゴムが削り取るようにして黒鉛を除去するのに対し、ねりけしは紙に押し付けることで黒鉛を除去する。そのため紙を傷つけることなく鉛筆跡を消せるというわけだ。
ーーー
そんなことは小学生にとって全くどうでもよいことだった。小学生にとって大事だったのは
・定義上は消しゴムであるため学校へ持ち込める
・粘土のようにして遊べる
・匂い付きのものが子供向けに販売されていた
この3点に尽きる。
匂い付きのねりけしを授業中・休み時間を問わずに手元でねりねりし続け、その手についたコーラのにおいを楽しむ。そのためだけに小学生のガキ共は、イトーヨーカドーの文具売り場で母親に泣きつき、得体の知れない物体をねだったのだ。
・・・しかしこれは、情報強者のガキのみに適用される話である。
情報弱者のガキこと、小学二年生の私は「ねりけし」の存在を露とも知らなかった。
ここで読者のために小学校低学年の段階におけるクラスの社会構造をおさらいしよう。
小学校低学年においてはカースト制度のようなものはまだ発達しきっていない。人気者やスポーツの得意な人はいても、彼らとそのほかの児童との間に明確な上下関係は存在しないのだ。
一方で情報格差は既に存在している。親の教育方針や自身の交友関係などの理由により、娯楽に関する情報へのアクセシビリティは児童によって異なる。私のクラスにおいては「小宮君」という圧倒的な情報強者が存在し、他の児童はいかに小宮君から情報を引き出すかに躍起になっていた。そして小宮君もむやみに情報をばらまくことで自身の優位性が低下することを理解していた。そのため、彼は情報発信を最小限に抑えていた。
件のねりけしについても同様だった。
ある日の休み時間、私は小宮君がコーラの匂い付きねりけしをコネコネしているのを見かけてしまった。いとも簡単に魅了される私。
「小宮何それ!!」
あまりにも純朴なまなざしを向ける私をみて、彼の中に「情報弱者を弄びたい」という気持ちが芽生えたのだろう。小宮君は急に周囲を見渡し、小声で私にこう言った。
「そんなに知りたきゃ教えてやる。まずは大量の消しカスをもって俺のところに来い。」
小宮君があっさり情報を提供してくれるとは思わなかった私は、自分が遂に情報強者の仲間入りを果たせることを確信した。
その夜、私は自宅で意味もなく自前の消しゴムをこすり続け、集めた消しカスを一つにまとめ上げた。
謎の物体の完成だ。
この灰色の謎の物体(以下、「ねり消しカス」)は、見た目や柔らかさこそねりけしのようであったが小宮君のとは圧倒的に異なる要素が残っていた。
「におい」と「のび」だ。
まず、私のつくったねり消しカスのにおいは完全に「ゴム」だった。そこには当然コーラのにおいなど感じられない。
そして小宮君のねりけしは驚くほど伸びた。通常のMONO消しゴム程度の大きさのねりけしは、両手で引っ張ると20~30センチくらいまで伸びていた。その様子はまるでトルコアイスのようであった。一方で私のねり消しカスは左右に引っ張った瞬間にボロッと二つにちぎれる。
そんなことは分かっていた。本番はここからだ。小宮君が伝授してくれるだろう「秘伝のレシピ」によってこのねり消しカスは本物へと昇華するはず・・・!!
翌朝、私は灰色のゴミを手に、小宮君へ話しかけた。
「小宮、作ってきたぞ、、、!次はどうすれば、、、!?」
この大きなゴミの塊を見て、小宮君は少し戸惑いながら私にこう言った。
「お、おう。それでもうほとんど完成だよ。よくやったな。」
話を切り上げたがる小宮君。しかし私の探求心は止められない。
「全然違うよ小宮!においと伸びが全然違うんだ!」
小宮君は数秒考えこんだ後に私に次のミッションを告げた。
「匂いはコーラに浸して放置すればつく。そしてのびは・・・」
なんと、伸びを再現するには、自転車のタイヤについている「毛」のようなゴム片を混ぜ込めばいいというのだ。

小宮君からすれば苦し紛れの一手だったが、小学二年生のバカガキを封じ込めるには充分だった。
「ありがとう小宮!帰ったら試してみるよ!」
その日の授業ほど終わりが待ち遠しいものはなかった。
退屈な授業が遂に終わり、私はダッシュで帰宅した。
自分の自転車のタイヤから「毛」を毟り取り、自前のねり消しカスへ投入する。
しばらくねりねりし、内部へ取り込まれたことを確認した。
緊張の瞬間が訪れる。勝利は目前だ。
私はねり消しカスを左右へ引っ張る。
その瞬間、、、
ねり消しカスは真っ二つに破綻した。
あまりにもあっけない最期だった。
目の前が真っ白になった。だまされたのだ。
小宮君への怒りは不思議と湧かなかった。まんまとだまされた自分への無力感に包まれた。
そして妙に冷静に、「先にコーラに浸さなくてよかった」とポジティブであるかのように事故を取り繕う自分がいたことをなんとなく覚えている。
結局私が得たのは人を疑う心と、二つに破壊されたゴミであった。
ゴミの断面からは先ほどまでタイヤの一部だった毛がこちらを覗いていた。
激突!vlog vs ブログ
皆様、覚えておりますでしょうか。
どうも、Gyunyu-Nomitaiです。
つい2週間前まで春の陽気だったのに、ここ数日はすっかり夏ですね。
まるで梅雨前線が蒸発してしまったみたいです。
傘をさす日々も苦痛ですが、汗のにおいを気にする日常も悩ましい限りです。
皆さんはこの夏、どうやって過ごしたいですか?
・
・
・
まあそんなことはどうでもいい、早速だが本題に入ろう。
5年ブリのブログのテーマはvlogとブログ、どちらがいいの?って話です。
「良い」なんて曖昧な言葉を選んだのはもちろん、論点をぼやかすため。
どちらの方がわかりやすい?であればvlogだし、どちらの方がお手軽?であればブログでしょう。
ブログが今苦しんでいる理由、1選
世の中の流れとしては圧倒的にvlogに傾いています。
GoProをはじめとするアクションカメラやvlog専用のカメラが世には出回っております。もちろんスマホでも簡単にvlogを作れる時代です。
一方でブログにはブログの「良さ」があります。動画とは異なり撮影・編集の必要がないため誰でも気軽に始めることが出来ます。撮影機材などを用意する必要がないため初期費用が皆無であることも利点と言えます。
まあしかし、最近ブログの勢いは影を潜めております。自分の意見を文字に起こして表明するならTwitter (現X)の方がお手軽だし、リアクションも目に見えて楽しいですよね。
というわけで、vlog vs ブログの対決結果は、vlogの勝利っ!!
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それでもブログを書く理由
そんなこの時代に、それでも私がブログを書きたい理由があります。
それは、自分の意見を発信したいからです。
もちろん映像を用いて自分の意見を発信することも可能ですが、そのためには映像を編集する労力が要りますし、そもそも意見を発信するためだけに映像を用いるのはややオーバーです。
(もっと言えば自分の意見をYouTubeで発信するには本棚の背景が必要です)

例えば現実やネット上で感じたことがあったとして、その意見を発信しなければ次第に頭の中の考えは薄れ、そのうち考え・感じていたことをすっかり忘れてしまうでしょう。
意見を映像にして発信するのであれば、編集するのに時間を要し、発信しきるまでにその熱量も失われてしまう。
また旅の記録としてブログを書くのも素敵だなと思います。
それこそvlogの出番では?と思うかもしれませんが、旅先でカメラを回し続けることは少々面倒ですし、文字と写真で表現するくらいの方が自分の熱量には合っている気もします。
わたくし、Gyunyu-Nomitaiにとって、このブログは自分一人で考えたことを書き留める場所であり、頭の中を整理するための作業台であり、日々の体験を記録する日記でもあります。
今後ブログに書いてみたいこと
今書いてみたいと思っているのは今まで通りのエッセイ風フィクションブログ
(↓こいつら)と、あとは趣味のロードバイクでの旅行記みたいなのをやりたいですね。まじめな話題も取り入れてみたいですが、あまり高頻度ではやらない気がします。
過去にブログにはまっては数か月で飽きる、というのを繰り返してきましたが、今回はマイペースに、細く長く続けたいものです。
それ故面白いことは書けないかもしれませんが、今後ともよろしくお願いいたします。
Gyunyu-Nomitai
スクールカーストと井上くんと齋藤くん
(本記事は2025年6月に一部加筆修正しております)
みなさんお久しぶりです。牛乳飲みたいです。
いきなりですが、みなさんはスクールカーストをご存知だろうか?
多くの方はスクールカーストを知っているどころか、身をもって体験しているだろう。
それは古代インドの「カースト制度」に由来するもので、学校、クラスというソサエティにおいていわゆる「上級」の身分と「下級」の身分が生まれることである。

ではこの上級、下級はどのようにして決まるのだろう?それは教育、いや教育対象者の年齢とともに変化する。
小学校では足の早い子が上級である。中学、高校では容姿の優れたもの、少し悪ぶっているものなどが上位にくる。
ここでみなさん、胸に手を当てて考えてみて欲しい。
あなたの小学校では本当に足の早い子供がカースト上位にいただろうか。
確かにそこにおおよその正の相関関係は見られたと思う。しかしそれだけではないはずだ。いくら小学生が単純だからといってスクールカーストという重大な事項を1変数で決め切ってしまおうなんて考えるはずがない。
私の経験談を話そう。
私が在籍していた小学校では「小便の時間が長い子供」がカースト上位を占めていた。
小便をする時間が長い→膀胱のキャパシティがでかい→偉い
私の小学校では謎の三段論法が常識として罷り通っていた。
人々は己のヒエラルキーを向上させるためにトイレを我慢したり、小便をゆっくり出すという反則紛いの技を磨いたりしていた。
かく言う私はと言うと、元々膀胱のキャパが小さかったので多くの尿を蓄えることが出来なかった。ヒエラルキーは真ん中ちょい下あたりであった。クラスのヴァイシャ的ポジションである。
そんなある日、隣のクラスの井上くんがトイレに現れた。
彼は我々の必死の戦いを見るとこう言い放った。
「おれ、小便止められるよ。」
この時カースト制度そのものが崩壊する音が聞こえた。
彼は理論上無限時間の間小便を出せる。いや、正確には出していないのだが。
そもそも膀胱のキャパを競い合っていたのに小便を止めては本末転倒だ。
己のヒエラルキーを高めることに熱中していた私達もこれには驚き呆れた。まさにあさまし。
結局膀胱のキャパに基づいたカースト制度はその日を境に廃れた。文化が崩壊するのはいつだって一瞬だ。
それから私は普通の学生生活を送った。
排尿に制約を受けることも無く、なんの不自由もなかった。中学は中学のカーストがあったが、私はシュードラにならずに済んだ。高校でもカーストに苦しむことなく充実した生活を送っていた。
そんなある日、やつは現れた。
ある日私がトイレに行くと同じクラスの齋藤くんが小便をしていた。
わたしも彼の隣に立ち、小便をする。
小便を済ませ、手を洗ってトイレを出ようとした時、齋藤くんを見ると・・・
彼はまだ小便をしていたのだ。
別に途中で小便を止めていたわけではなかった。彼は純粋な膀胱のキャパだけでこれだけの時間、小便をしていたのか。。。
十年前に崩れたはずのカーストが再び私の前に現れた。
しかしそれは私の知っているカースト制度ではなかった。齋藤くんはバラモン、いや富をもたらす神、ガネーシャになり、他の全てのクラスメイトをシュードラ、いやアチュート同等の存在だと見下していただろう。

その日から私は平凡な生活を送ることさえ出来なくなった。唯一の存在、ガネーシャに畏怖の念を抱いた。彼は煩悩を超越した男。平成のガウタマシッダールタだったのだ。
時代は令和に変わり、先日、改元後初めて齋藤くんと会った。
彼と一緒にいる間、私はトイレに2回行ったが、彼は1度も行かなかった。
元号が変わろうとも、彼の持つヒエラルキーが落ちることは無かった。
そこにいた斎藤くんは令和のガウタマシッダールタであり、私は変わらず彼に劣等感を抱く惨めな男のままであった。
ハタチの冬、新たな性癖に目覚めた
(本記事は2025年6月に一部加筆修正しております)
明けましておめでとうございます。
牛乳飲みたいです。
突然ですが、成人を迎えた当方、新たな性癖に目覚めてしまいました。
それについて話そう。
あれは昨年の師走のことだった。
街角ではクリスマスソングが流れ、世間は浮き足立っていた。
かく言う私はというと、その世間の風潮に反抗できずにいた。我が家では私の歌うクリスマスソングが絶えなかった。
ある日、私は風呂に入るために脱衣所にいた。私はウィンターワンダーランドを口ずさんでいた。
と言っても歌詞はほとんど覚えておらず、サビの最後の「walking in a winter wonder land」以外は全て鼻歌だったが。
とにかく私は上機嫌で鼻歌を歌いながら服を脱いでいた。「ふふふふーん、ふふふふーん」と言いながらにやけているパンイチ・ハタチの青年は日本全国を探し回っても私を含めて数人しかいないだろう。
そしてパンツも脱ごうと腰に手を当てた時、私は奴の気配を感じ取った。
そう。便意だ。
大腸は私の脳に直接語りかけてきた。「うんこをしなくていいのか?」と。
私を惑わせるのに充分であった。
読者の多くにとってそれは既知の事実であろうが、私は無類のきれい好きだ。
毎日一度は顔を洗うしうんこをした後は手を洗う。もちろんちゃんとケツも拭く。
そんな綺麗好きの私が風呂上がりにうんこをしてしまったら悔しいだろう。風呂に入る前にうんこをすればその後にシャワーでお尻をキレイキレイできたのに、と。
そんな未来を予知した私は身体の中にある便の全てを出し切ろうと決意したのだ。
その時私はパンイチであったが、うんこをするためにわざわざ服を着直す必要も無い。私はパンイチのままトイレに向かったのだ。
ところがどっこい。
我が家のトイレは換気のために年中窓を開けてあるのだ。たとえ冬であっても。
12月の外気は氷点下をかろうじて上回る程度。そこは紛れもないウィンターワンダーランド。凍てつくトイレに私はパンイチで挑んだのだ。
トイレの扉を開けた瞬間、肌を刺すような冷気が正面から襲いかかってくる。
このままでは死んでしまう。私は本能で開きかけた扉を再び閉めた。
しかし便意の勢いはとどまるところを知らない。私はうんこを漏らすか、凍死するかの二択を迫られた。言わずもがな、私の選択は後者であったが。
息を止めてトイレに入った。それはトイレが臭いからではなく、冷気を鼻から吸うと胚を経由して体内でショック反応が起こる恐れがあるからだ。
便座に腰掛けた時、私の全身にはおびただしい量の鳥肌が浮かび上がっていた。もしあの時家族が私の姿を見かけていたら鳥と勘違いしていたであろう。
そして私は排泄を済ませた。
自分自身のワンダーをトイレという名のワンダーランドに流してきたのだ。
便座に張り付きかけた尻の皮膚をはがし、用をすませると(ダブルミーニング)、私は風呂へと走った。そして長いこと私の最後の砦となっていたパンツを脱ぎ捨て、浴槽にダイブした。
あの時の気持ち良さはそれはもう言葉にならないものでした。
鳥肌にお湯が染み込んでいくような感覚。
あのかゆいような痛いような気持ちよさ。
これがクセになるんです。
そう、私が目覚めた新たな性癖とは、「限界まで体を冷やしてから風呂に入る」ことです。
幸運なことに私の排便ペースはちょうど24時間に一回であるから、いつも風呂に入るタイミングで便意に襲われる。いや、むしろ脱衣所で服を脱ぐことで便意が沸き立つのかもしれない。排泄版パブロフの犬というわけか。
とにかくこの冬、私はトイレで排泄しながら体を冷やす→風呂に入る、という黄金ルーティンにハマりにはまっている。
しかし、これを続けて良いのかという疑問もある。これは体に悪いのではないか。ある日本当にショック死してしまうのではないか。鳥肌が立ちすぎて、本当に鳥になってしまうのではないか。。。
まあもし本当に鳥になってしまっても、「立つ鳥跡を濁さず」というようにうんこを漏らすことだけは避けたいですね。
ウマァイ!
「師走」に惑わされるな
(本記事は2025年6月に一部加筆修正しております)
人間とは時に愚かな生き物である。
私は今朝その最たる例を見た。
私は毎朝シャワーを浴びてから学校へ向かう。たとえ冬であってもだ。
主な理由はもちろんスッキリしたいからではあるが、そこには思わぬ利益もある。
私は今朝シャワーを浴びようと全裸で浴室に入った時、「意外と寒くないな」と感じた。
そう。今朝は12月、師走としては大した冷え込みではなかった。
実際のところ今日(12月4日)の渋谷区の最低気温は9.4℃であった。
去年の同じ日の最低気温が4.6℃であることを踏まえれば確かに今朝は寒くなかったと言える。
自らの身(裸体)をもって今朝は大して寒くないことを確認した私は秋物のコートを羽織り、大学へ向かった。
しかし。
電車に乗るとどうだろう。
周りの人々は冬物のコートにマフラーを合わせているではないか。
JKはいつでも暖かめの服装を選びたがるものだから百歩譲って許すとして、おっさん。お前らだ。
汗ばんでるんじゃねえよ
きっとこのおっさん等は「あぁ、寒ぅい❤」などと言い布団から出ようとせず、今朝の気温を十分に把握しないまま「師走だから寒いだろう😎」という浅はかな考えの元、冬向けの出勤の支度をし、更にはいつもの電車に間に合わせるために駅までダッシュしたのだろう。
私が隣のおっさんの異変を察知した時、全ては手遅れになっていた。
おっさんは頭皮及び顔面から汗を噴出させ、零れ落ちる汗は首元のマフラーに吸収されて行った。
「・・・えせ。」
私の口は勝手に動き始めていた。
オッサンがこちらを訝しげに向く。
「返せ・・・。」
「どうした?」
おっさんは汗を振りまきながら尋ねた。
「俺の穏やかな朝を返せ!!」
私はおっさんの左頬にフックを食らわしてやった。
おっさんの汗が飛び散る
「やったなこの野郎!」
おっさんは俺の腕を掴もうとするがあまりもの手汗で滑って掴めない。
そのスキをついて今度はボディに一発見舞った。
「そんなに汗をかいてるから臭えんだよ!暑苦しくって反吐が出るわ!」
おっさんは車内にうずくまった。
周りがざわめく。
そんなことも他所にして、俺は話を続けた。
「師走だから厚着をすればいいと思ったのか??だとしたらお前は現代社会のパブロフの犬だ。」
おっさんは何かに気づいた。先程まで失っていた瞳の輝きを取り戻したようにも見えた。
「俺・・・、大切なことを見落としていたよ・・・。」
おっさんはうずくまったまま話し始めた。
「若い頃は気温に合わせて服を選んでいたよ・・・。いつからこうなっちまったんだ・・・!」
電車は次の駅に到着しようとしていた。
私は強ばった顔を優しくしてこう言った。
「なぁに、まだ間に合うさ。人生を変えるのに遅すぎることなんてない。それよりも、過去の過ちに気づけたことを喜ぼうぜ?」
おっさんは今度は決意した表情になった。
「おれ、今日会社を辞める!昔の夢だった起業をしてやる!!」
電車は完全に止まり、ドアが開く、外から3名ほどの警官が乗り込んできた。
俺は状況を察しておっさんに言葉を伝えた。
「そうか・・・、応援してるぜ。」
警官が俺の腕を掴む。
俺は無抵抗だ。だって人を殴ったのだから。
俺は3人の警官に囲まれて電車を降りようとした。
後ろからおっさんの声が聞こえた。
「あのっ、お名前は・・・!?」
俺は深呼吸をして、こう答えた。
「飲みたい。牛乳飲みたいだ。」
「牛乳・・・飲みたいさん・・・。また会えるといいですね!」
「あぁ、そうだな・・・。」
俺が電車から引きずり降ろされると同時にドアは閉まり、電車は次の行き先を求めて旅立った。
警官に囲まれながら、走り去る電車と鮮やかな青空を見て俺はこう思った。
「今日も素敵な朝だ。。。」
ことりが二匹、空の向こうへ飛んで行った。